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名前も自覚もない、感情 - 映画「性の劇薬」 ※ネタバレ有

 

 

 

こんばんは。さくらさきこです。

友人に拉致されて見に行った18禁BL映画の感想を酔った勢いで綴ります。

 

 

 

 

「性の劇薬」

人気のBL漫画が原作だそうで……お恥ずかしながら何も知らずに見に行きました。というか「友人がめちゃくちゃ見に行ってて狂ってるから私も見てやろう」という感じで連れてってもらいました。失礼極まりないな?

 

実際見に行って、おったまげました。友人が狂ったように見に行く理由がわかりました。これとんでもない。

 

ちょっと正直BLものを熱く語れるだけの語彙や知識は備わってない(抵抗はないんだけどそんなに見てこなかったから自分の中に引き出しがない)(よく考えると高校の時友達が作ってた二次創作くらいしか読んだことないかもしれない)ので大丈夫かな……と思いながら見ていたのですが、気付いたら終わってました。なんというか、いや時間の割にはめちゃくちゃ長く感じる映画だったのですが、あっという間に終わっていました。

 

これBLものじゃなくない?

LOVEという概念に収まってなくない?

 

いや十分BLものなんですけど。はい。こっから平気でネタバレをします。

 

桂木さんと余田さんのお話です。飛び降り自殺しそうだった桂木さんを余田さんが引き止め、性をもって生を植え付けていく話です。

最初は普通に過激です。はい。いじめられる桂木さん。あとから気づいてしまったんですけど私桂木さん役の俳優さん(渡邊将さん)の顔面が超好きでしたね。どおりで食い入るように見ることができたわけですね。ありがとうございました。

 

桂木さんは親を殺してしまった「自分」のことしか考えていなくて死を選ぼうとしていたことに対して、これは後から答え合わせ的に気付いたことですが余田さんは「死んでしまった恋人・眞壁さん」に似た男が死ぬのを引き止めたかったという。は? 何にも交わってないじゃんなにこれしんどい。あくまで余田さんは最初から眞壁さんしか見えてなかったんですよね。えええええああああああああああああああ。

 

割れた鏡の破片を握りしめて待っていたのに余田さんを殺せなかった桂木さん。「楽に死ねる薬」を飲めなかった桂木さん。もう否定できないくらい"生"が植え付けられてるじゃないですか。ああああああああああああ。どんな無茶苦茶なことをされても命には替えられない。そしてそれは余田さんもおなじで、どんな無茶苦茶なことをしても失った命の代わりにはならなかったんですね。あああああああああああああああああ。

 

もう桂木さんが死を選ぶことはないと思った、と解釈しています。余田さんは食べたいものを食べさせ(あのラーメンのシーンなんかめちゃくちゃ好き……ラーメン差し出す余田さんがすごい好き……)行きたい場所に行かせ(両親のお墓)、桂木さんを助けて拘束した経緯を語り、解放します。

 

ここまでしてるのに余田さんはいまだに桂木さんのことが見えてなかったんですよ意味わからなくないですか。結局は眞壁さんしか見ていなくて、死に場所を探し続けていました。しんどいああああああああああああ。

 

酔った勢いで感想を書くとこうなるんですね! ごめんなさい!

 

確かに命を助けてはもらったが散々酷いことをしてきた男に対し、自分を助けたときと同じ台詞をそのまんま返す桂木さん。エッッッつらい。もうつらい。されるがままで余裕のなかった桂木さんがなぜ余田さんの異変に気付けたんだろうと思うのですが、それは拘束されて以来ずっと桂木さんにとっては余田さんしか"見る"相手がいなかったからかなと……。

 

なぞの海辺の部屋で2人はようやく本当のセックスをします。ここでも最初余田さんには眞壁さんしか見えていなかったんですが、桂木さんはそのことに気づくことができたんですよね。それが本当にしんどい。

「あいつじゃない、俺は桂木誠だ」

しんどいで~~~~~す!!!!! しんど~~~~~~~~い!!!!!! この瞬間にようやく、ようやく余田さんは桂木さんを見るんですよ。眞壁さんに似た男じゃなくて、眞壁さんでもなくて、桂木誠の存在を認識するんですよ。ええええええどういうこと~~~~~~~~~~~!!!!!!!!

 

「生きてるか?」

「……生きてる」

 

ええええええええええええええ~~~~~~~~~!!!!!!!

恋とか愛とかそんな感情じゃなくて、【存在の肯定】なんですよ~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!これこそ存在の肯定の極限の形なんですよ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!! たまたま彼ら2人を繋いだのが性行為だっただけであって、彼らの間に生じているのは【存在の肯定】、たったそれだけなんですよ。余田さんもまた桂木さんに生かされたのだなあと思いました。しんど……重い……。

 

 

私は事あるごとに【存在の肯定】を語るんですけど、その真骨頂ともいえる映画だったなあと感じます。もちろんあらゆる描写が美しく、誠実であり、無駄なものが一瞬もない濃密な作品でした。

 

 

 

この映画に出会えて良かったなと思うし、この映画を一緒に見に行ったのがあの友人で良かったなと思いました(【存在の肯定】の認識が一緒)。